「この辺は何が美味しいんですかね」

 家で作った煮物が余ったので、初めて類さんの家で作る夕飯はそれになった。私も流石に煮物は上手に作れないから、こればっかりはおばあちゃんのお手製だ。
 柔らかく煮た大根とこんにゃく、タケノコを添えて上に七味を振りかければ完成。それから焼き魚と、味噌汁は茄子にした。

「やっぱり港町だから、魚が有名みたいです。干物とか、市場に行ったら売ってますよ」
「でもああいうところって観光客価格なんですよねぇ。高いかな」
「普通に町の人も使ってるんで、そんなに高くないと思います。ご飯、どれくらい盛りますか?」
「あ、山盛りで」

 あんまり敬語は得意じゃない。デスとマスだけ語尾にくっつけておけばそれらしくなるんだろうけどどうだろう。現代文の先生とかに知られたらすごい顔で怒られそうだ。
 それに多分、類さんもその辺は厳しいんじゃないだろうか。だって作家って、言葉を知ってなきゃできない仕事だろうし。

「おぉ、まともに家で夕食を食べたのなんて久々ですよ。美味しそうだなぁ」
「煮物つくったの、おばあちゃんなんですけど」
「大家さんが? へぇ、七味を入れるのも弥重奈さんの家の習慣で?」
「あ、辛いの駄目でしたか」
「全然。もう一振りしてもいいかな? ご飯が進むぞ――いただきます!」

 まるで子供みたいに両手を合わせて、勢いよく頭を下げる。顔をしかめながらなんだかんだと注文を付けるうちの父親とは大違いだ。大根をご飯の上に乗せて幸せそうに頬張る姿は、なんだか見ていてとても羨ましく思えた。
 類さん、生きてるの楽しそうだな。

「弥重奈さんは夕飯、食べてくるんですか?」
「いや、家に帰ってから食べてる……ます」
「えぇ、でもそれじゃあ遅いでしょう。女の子は気にするってよく聞きますけど」
「そりゃ、太っちゃったら困るんで。適当に」

 大体家に帰ったらキュウリとかトマトとかをかじりながらテレビを見て、夕飯は終了だ。炭水化物は太るって雑誌に書いてあったから、食べない。可愛いモデルの子みたいになれるとは思ってないけど、少しそれに近づく努力くらいしたって許されるはずだ。
 キュウリとトマトを掻い摘んで話すと、類さんは何とも言い難い表情をした。

「あのね、駄目ですよ。お年頃ってやつなのかもしれないけど、それじゃあ栄養片寄っちゃうじゃないですか。君は成長期でもあるんだから、体が出来上がる前にダイエットしちゃ、壊れちゃいますよ」
「壊れる?」
「骨とか、内臓とか。それよりキチンと栄養ある食事をとって、ゆっくり寝るのが一番です。折角お料理できるんだし、もったいない」

 話が一度途切れたころに、山盛りだった白飯はすっからかんになっていた。おかわりください、ののんきな声に後押しされて、炊飯器までのろのろと歩く。
 骨とか内臓なんて怖いこと言われちゃったら、眠れなくなっちゃうじゃないか。類さんはのほほんとしてるように見えて、意外とおっかないのかもしれない。

「なーんか、説教臭くなっちゃってヤですね。年かなぁ……あ、そうそう。それで僕、今思ったんですけどね」

 皮をむいた茄子の味噌汁をひと啜りして、類さんは息をついた。
 これ、皮をむかないでそのまま作っちゃうと、お味噌汁自体が黒くなっちゃう。色味が結構すごいから、我が家では綺麗に皮をむくのが決まりになっていた。

「弥重奈さん、よければウチでご飯食べません?」
「は?」

 思わずそう返した。何も言えずに呆けていたところで、さらにフォローが入る。

「あ、いや作るの弥重奈さんだから、面倒じゃなければってだけなんだけど。僕も弥重奈さんから色々話聞けたら、少しネタをもらえるかなって思って」
「現役女子高生のですか」
「そんな言い方されちゃうと、なんだか僕変態みたいじゃないですか」

 咳払いを一つ決めた後で魚をつつき始めた類さんが、駄目押しの笑顔を見せる。困ったように笑われると、結構どう返していいか困るのだ。

「ね、暇な時でいいですから」
「……類さん、現代文とか古文、得意ですか。特に文法」
「えぇ、まあ。宿題ですか?」

 頷く。
 先生が怖くて、今時珍しいが予習してこないと怒鳴られる。それを見てもらうって名目なら多分、少しくらい遅くなっても父親にグダグダ言われることもない。
 そもそも父は、私が類さんのところで食事を作ることにいい顔をしていないのだ。
 そう伝えると、彼は少し考える仕草をしてから箸を置いた。また茶碗が空っぽになっている。

「高校生くらいなら多分、大丈夫かな……どうだろ、僕にわかる範囲でよければってことになっちゃうけど」

 にへっと、効果音が付きそうな笑顔を向けられる。
 後から聞いた話によると、類さんは私でも聞いたことがある都会の大学の、教育学部出身らしい。ただ、教え方はあんまり上手じゃなかった。

 

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