野球部の津田君に彼女が出来たんだって。
 バスケ部の高坂君には近くのお嬢様学校に通う年上の彼女がいるらしい。政治経済担当の福留先生は二十歳も年下の奥さんと去年結婚したばかりで、今月の初めから校長先生の頭上には真新しいカツラが乗せられている。
 僕はその話を全て友人から聞いた。野球部もバスケ部も帰宅部の僕からしてみれば縁遠い人たちだし、クラスも違う。社会科は政治経済じゃなくて世界史を選択していたし、朝礼は大抵携帯を弄っている。スマホじゃなくて、携帯。使い勝手も悪くないから、中学の終わりから買い換えてはいない。

「トビちゃんって、ホントそういうの無関心だよな。ホラ、気付いてる? 松井さんがあのロングバッサリいったこと」
「お前が昨日騒いでたし、なんか塩野も似たようなこと言ってたから、知ってるよ。塩野も最近髪を切ったんだ。前髪、短くなってただろ」
「……お前、本当に塩野以外見えてないのな」

 三島は飲みかけの牛乳パックに息を吹き込んで膨らませていた。僕は相変わらず携帯を弄りながら彼の話を適当に受け流す。三島はクラスの誰とでも仲がいいような奴なのだが、ムードメーカーとトラブルメーカーは紙一重だ。話が長くなりそうな時、僕は大概彼の話に生返事を返す。そうするとかなりの確率で、彼は何も言わず席に戻っていくのだ。

「ちょっと確認な。お前、塩野と付き合ってるんだったよな」
「まだだよ。告白したけど、返事貰ってないから。かれこれ一か月待ちぼうけ食らってる」

 それはもうあきらめた方がいいだろう。
 三島は膨らませた牛乳パックをもう一度萎ませて、残った牛乳をズルズルとやっていた。トビちゃん、女は塩野だけじゃねぇよ。そんなことは言われなくてもわかっている。僕は届いたメールに返信をし終えて携帯を閉じた。所謂LINEとかはやっていない。クラスの行事や連絡などはこの三島がほとんどリアルタイムで連絡をくれるし、他のクラスメイトもそれとなく情報を寄越してくれる。多分、良いクラスなのだろう。というのも、僕のクラスは商業科で、普通科や進学科と違いクラスが一つしかない。何事もなければ三年間同じメンバーと毎日顔を突き合わせることになる。

「ちなみにトビちゃんよう、なんて告白したの」
「どうしてそんなこと知りたいんだよ」
「だって、トビちゃんの顔で愛の台詞とかあんまり想像つかねぇんだもんよ。どっちかってと告白される顔だろ、畜生羨ましい」

 飲み終わった紙パックを握りつぶして、三島はそれをゴミ箱に放り投げた。残念なことにそれはゴミ箱の手前で床に落下したのだが、近くの女子が笑ってそれをきちんとした場所に捨ててくれた。商業科はとかく女子が多い。男子などは大抵彼女らの尻に敷かれている。
 だが羨ましいと言われても、僕に異性の友達は塩野しかいない。比べて三島は、このクラスだけじゃなくて普通科にも進学科にも、上級生にも下級生にも友達が多い。先生だって彼と雑談して十分は授業を潰すし、恐らく会話が途切れて気まずいなどという経験をしたことも、ないだろう。

「僕からすればお前の方が羨ましいよ」
「そうじゃねぇよさっさと教えろって。俺も塩野のこと、まだよくわかんねぇし」

 或いは彼女が僕たちと同じ商業科だったら、もっと会話の内容も彼から仕入れられる情報も違ったのかもしれない。
 しかし残念なことに、塩野は進学科だ。それも成績上位者常連組。教科書の内容も違えばつるむグループも違う。僕らの共通点は、ただ二人とも帰宅部で家の方向が一緒という、その二点だけだった。

「よければ、君と一緒にいたいんだけどって」
「ほぉ。それで、塩野は?」
「好きにすればいいわって。応とも否とも言われてない」
「そりゃそうだろうよ。それだと告白とは言えねぇもん」

 三島のその言葉に、僕は瞬きの回数を増やした。告白とは言わないとは、いったいどういう意味か。僕はこの言葉を言うために前日から布団の中に丸まって、気障になりすぎず淡泊になりすぎず、いい塩梅のフレーズを寝ずに考えていたというのに。
 よほど僕の顔が面白かったのだろうか、目の前の男はすかさずスマホを取り出して僕の顔を撮った。あまりいい気分ではない。

「おい、やめろって」
「いんや、トビちゃんのその顔は貴重だね。しかしそれで、塩野とは一か月も口きいてないわけ?」
「いや、毎日一緒に帰っているよ」

 僕の決死の告白から一日経った次の日から、塩野は校門で僕を待っていてくれるようになった。純粋に、これは進歩だと思いたい。しかしながら期待した答えは返ってくることもなく、僕は日々悶々とこの一か月を過ごしてきたのだが。

「それよぉ、多分だと思うけど「毎日一緒に帰っていいか」って勘違いされてるんじゃねぇの。トビちゃん、言葉足りな過ぎ」

 牛乳を飲み干して手持無沙汰になったのか、三島はブレザーのポケットをガサガサとやり始めた。中から、綺麗な飴玉が五、六個転がり出てくる。大方、クラスの女子にもらったものだろう。

「なんか食べる? こっちがブドウ、みかん、青りんごと黒飴」
「黒飴一択。それで、言葉が足りないってどうしたらいいんだよ。帰り道の花屋で薔薇の花束でも買えばいいのか?」
「そうじゃ、なくってさ。考えが極端すぎ」

 まあそれは僕もやりすぎとは思った。至近距離で投げつけられた黒飴を慌ててキャッチして、包みを開ける。黒糖の甘くて香ばしい香りが何とも言えず美味そうだ。宝石のような他の飴玉と違って、シンプルな砂糖の甘さが好ましい。これを持ってきた子は、結構いいセンスをしているんじゃないだろうか。

「例えば、ちょっとどっかに誘ってみるとか、なんか食いに行くとか。女子って甘いもの好きだろ」
「……あぁ、そういうこと。そこでそれとなく、答えを聞いてみればいいんだな」
「そうそう。壊滅的に仲が悪いってわけじゃないんだし、トビちゃんなら大丈夫、やれば出来る子!」

 どういう応援なのかはよくわからないが、とにかく三島はそう言って僕の背中をバンバン叩いた。こいつ、バレー部だった。平手で思い切りたたかれると結構痛いのだが、僕は何を言うわけでもなく口の中で飴玉を転がしつづける。

 何となく、口の中の黒飴と塩野が似ているような気がした。

 

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